輝かしき鉄道の記録

専用線の機関車たちは最後の勇姿を見せる。また一つ、輝かしき鉄道が過去のものとなった。

カテゴリ: 思い出の風景

 ここを訪れたのは5年前の冬だった。専用線は廃止から既に8年が過ぎようとしていたが、線路や踏切、貨物ホームなどの施設はそのまま残っていて現役時代の雰囲気を色濃く残していた。そしてあれから5年、この場所は道の拡張工事で風景は一変してしまった。あまり気にかけられることではないが、廃線跡の風景も日々変化し続け、その遺構は消え行くのである。私はそんなことを思いながら変わり果てた風景を眺めていた。 
      
H20年冬 デンカセメント八木原専用線にて。
P1160018      


 2008年に鉄道輸送を終了した東北東ソー酒田工場の構内には、廃止後も大量のタンク車が残されていた。私がここを訪れることが出来たのは2010年の夏で、廃止から既に2年が過ぎていたが、タンク車たちは現役当時と変わらぬ姿で私を出迎えてくれた。この時既に全国から化成品タンク車のほとんどが姿を消し貴重な存在となっていたため、この場所はタンク車ファンの私にとって夢のような場所であった。しかし、タンク車たちに「また会いに来るから」と告げて酒田を後にしたのもつかの間、翌年の夏までに保存された1両を除く全車が解体され姿を消した。あまりにも突然の別れだった。
ありがとう酒田港のタンク車たち。
H22年夏 東北東ソー酒田工場にて。
 88


 日鉄鉱業羽鶴専用鉄道、言わずと知れたこの鉄道の終点日鉄鉱業羽鶴鉱業所前には廃止後も機関庫が残されていて、庫内にはかつて関東最後の現役蒸気機関車として注目を集めた1070形1080号が眠っていた。私がこの機関車と初めて出会ったのはまだ小学4年の頃であり、偶然の発見だったのであの時はかなり興奮したのを覚えている。小学生で羽鶴を訪れていたとは自分でも驚きだ。その後私はあのトワイライトな風景に魅せられ何度となく羽鶴を訪れた。しかし、ついに別れの時がやってくる。2009年7月、1080号の梅小路での保存が決まり搬出されたとの情報が入った。1080号が整備され大切に保存されるのは嬉しいが、もうあのトワイライトな風景を見ることが出来ないと思うと少し寂しくなった。今、あの1080号と出会った日のことを思い出すとこう思う、「草に埋もれた車庫、中に眠る石灰まみれの古びた機関車、今、私がトワイライトな風景へ抱く思いの原点はここにあるのかもしれない。」と。
H18年冬 羽鶴にて。
日鉄羽鶴 1080

 9月30日、また一つ素晴らしい鉄道風景が過去帳入りした。中越パルプ工業生産本部塚製造部専用線。言わずと知れたこの専用線、約1.4Kmの路線の中で、様々な顔を見せてくれるとても魅力的な専用線だった。

線路はたんぽぽの花壇替わり。自然との共存が、この専用線最大の魅力だ。

66

推進で駅に向かう朝一番の列車。専用線の一日が始まる。

8933IMG_2196

今年で50歳を迎える機関車、
ずっとここで働いてきた。

59

ハイライトの大カーブ。コンテナ満載の貨車を引いて工場に向かう。 
     
33

小さな鉄橋と踏切信号は、私のお気に入り。

2225

長い直線を行く勇姿は、今でも頭の中に蘇る。

29

古新聞を積んだ貨車は、構内用の機関車が引き込む。これが結構楽しみだった。

IMG_9895

IMG_2663

赤色灯の点灯が、入換作業中の合図。

73

のどかな風景の中を走り続けた専用線。

55

たくさんの思い出をくれた専用線。

IMG_2593

ありがとう。

22」

さようなら。

↑このページのトップヘ