輝かしき鉄道の記録

爽やかな青空の下、石を満載した列車が工場へと向かう。いつもの場所、いつもの時間、代り映えしないしインスタ映えもしない光景。でも、それが最高にいい。

 最後はワフ50形のワフ51を紹介します。
 
・製造年 1979(昭和54)年(スム4000形スム4003から改造)
・廃車年 1988(昭和63)年
・製造所 日本車両(種車のスム4003は1963(昭和38)年日本車両製)
・所有社 秩父鉄道株式会社
・検査  S58 6~S62 6 熊谷工
・備考  ヨ10形同様他車からの改造で誕生した緩急車。種車はスム4000形で9両が
     改造された。老朽化した旧型の緩急車を置き変える目的で誕生したこの形式
     であったが昭和62年に緩急車が廃止された為、運用期間は約8年と短命だった。
     公園ではワフ51のみ他の貨車と離れた最奥に展示されており晩年は立ち入り
     禁止区域になってしまい近寄ることができなかった。記載する写真は平成25
     年と令和元年の物だがここ数年でかなり劣化が進んだことが伺える。
     他に倉庫としての現存車があるがこちらも撤去は時間の問題という状況の様で
     共に解体されれば完全消滅となってしまう。他に現存する可能性もあるが。。。
     以下案内板より抜粋「この車両は、ワフ20形式・30形式・40形式の老朽化に
     伴いスム車を改造した車両です昭和62年9月から緩急車を連結しなくても貨物
     列車の運行ができるようになりました。このため役割が終了、昭和63年3月に
     引退しました。」

・撮影日 R1 5/5 ・H25 10/25(近写) 秩父鉄道車両公園にて。
秩父ワフ51
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以上、別れの時迫る6両の貨車たちを紹介しました。これまでの活躍に感謝を込めて。

 続いてはヨ10形のヨ15を紹介します。
 
・製造年 1968(昭和43)年(ヲキ1形から改造)
・廃車年 1988(昭和63)年
・製造所 東横車輛(種車のヲキ1は1925(大正14)年汽車会社製)
・所有社 秩父鉄道株式会社
・検査  S56 2~S60 2 熊谷工
・備考  秩父鉄道車両公園の中では主役級の珍車ヨ10形ヨ15。ヨ10形は現在運用中
     のホッパ車ヲキ100形の前任である大正14年製のヲキ1形を種車に台車、台
     枠を流用して9両が誕生した緩急車である。緩急車としては他に例のないL型
     ボギーの個性的な形態をしており、更に松葉スポーク車輪、狭い台枠などの
     に大正まれのヲキ1形の面影を色濃く残している。これだけ魅力的で他に現存
     車のないこの車両が解体されてしまうのは残念としか言いようがない。
     以下案内板より抜粋「この車両は、大正14年6月から影森~秩父間の秩父
     セメント第一工場向けの原石輸送に大活躍したヲキ車を昭和43年10月に改造
     した車両です。緩急車で4輪あるものは全国でも珍しい車両です。
     昭和62年9月ワフ51号と同様に緩急車の廃止に伴い、昭和63年3月に廃車と
     なりました。」

・撮影日 R1 5/5 秩父鉄道車両公園にて。
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 続いてはトキ500形のトキ502を紹介します。

車両のデータ

・製造年 1968(昭和43)年
・廃車年 1988(昭和63)年
・製造所 日立製作所

・所有社 秩父鉄道株式会社
・検査  S57 7~S61 7 熊谷工
・備考  国鉄トキ25000形の同形車で15両が製造されたトキ500。スム4000と同様に
     救援車として現在も2両が在籍している。主に蘇我の川崎製鉄向け石灰石の
     輸送に使用されたが昭和59年には発送元の武甲線が廃止され多くが失職した。
     これも公式保存車はこの502のみである。SL転車台前に展示してあるためSL
     の方向転換時には多くの人がこのトキ502の荷台上から見学をしている。
     以下案内板より抜粋「この車両は、昭和43年9月から主に武甲から蘇我(外
     房線)方面行きの石灰石輸送に活躍しました。昭和59年武甲線が廃止となり
     当分使用されずにいましたが、昭和63年3月に廃車となりました。」
     先代の案内板には「現在2両だけが土砂運搬車として残っています。」と表記
     されていたが現在は削除されている。

・撮影日 R1 5/5 秩父鉄道車両公園にて。
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 続いてはスム4000形のスム4023を紹介します。

車両のデータ

・製造年 1959(昭和34)年
・廃車年 1983(昭和58)年
・製造所 日本車両(東京)

・所有社 秩父鉄道株式会社
・検査  S54 9~S58 9 熊谷工
・備考  現在でも救援車として在籍車があるスム4000。最盛期には50両が在籍したが
     案内板には誤植なのか571両保有していたと記されている。ワフ50への改造や
     改番されたものもあり非常に興味深い形式である。ワキやテキが袋詰セメント
     に特化していたのに対しこちらは一般貨物なども運び汎用的に使用されていた。
     在籍の2両を除けばこれも唯一の公式保存車ということになる。ここの貨車の
     中では最も保存状態が悪く屋根の一部は抜け落ちてしまっている。これでは
     解体もやむを得ないだろう。
     以下案内板より抜粋「この車両は、昭和40年9月から袋詰セメントをはじめ
     生活物資の輸送に使用されましたが、セメントのバラ積輸送とトラック輸送の
     普及に伴いセメント輸送から姿を消しました。昭和42年頃は571両も保有して
     いました。」

・撮影日 R1 5/5 秩父鉄道車両公園にて。
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 続いてはテキ100形のテキ117を紹介します。

車両のデータ

・製造年 1959(昭和34)年
・廃車年 1984(昭和59)年
・製造所 日本車両(東京)

・所有社 秩父鉄道株式会社
・検査  不明 熊谷工
・備考  我が国最初の側面総開き式貨車であるテキ100。30両が製造されワキ800同様に
     現在も数多くが現存している。しかしながらやはり公式の保存車はこの117のみ
     である。他の貨車に比べ低い全高、妻面の通風口など特徴の多い貨車であった。
     以下案内板より抜粋「この車両はワキ車と同様に昭和34年6月から昭和59年10月
     まで下板橋(東武東上線)業平橋(東武伊勢崎線)南高崎(上信電鉄)行きを
     始め、東海地方等の袋詰セメント輸送に使用されましたが、バラ積のホキ車及び
     トラック輸送の転換に伴い、昭和59年10月廃車されました。」 

・撮影日 R1 5/5 秩父鉄道車両公園にて。
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 1989年の開園から30年の長きに渡り、我々の目を楽しませてくれた秩父鉄道車両公園の保存車たち。4月、これらの車両を老朽化に伴い解体撤去するという公式の発表がありました。非常に残念ではありますが、これも避けられない彼らの運命なのかもしれません。ここの保存車と言えばやはりED38や100形電車が有名で注目されていますが、今回、私はその脇を飾る6両の貨車たちに焦点を当て、惜別の念を込めて彼らの栄光を振り返ることにしました。

 まず最初に紹介するのはワキ800形のワキ824です。

車両のデータ

・製造年 1968(昭和43)年
・廃車年 1989(平成元)年
・製造所 日本車両(名古屋)

・所有社 秩父鉄道株式会社
・検査  S60 6~S64 6 熊谷工
・備考  国鉄ワキ5000形と同形で55両が製造されたワキ800。現在でも倉庫などとして多
     くが現存するが公式の保存車はこの824のみである。2019年7月までに解体され
     ることが決定しているが他の保存車に比べて状態は良好である。
     以下案内板より抜粋「この車両は、昭和43年9月から昭和63年3月まで下板橋
     (東武東上線)業平橋(東武伊勢崎線)南高崎(上信電鉄)行きの袋詰セメント
     輸送に使用されましたが昭和63年3月南高崎行きを最後に引退しました。」 

・撮影日 R1 5/5 秩父鉄道車両公園にて。
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今回は、JR函館本線江別駅から分岐していた北海道電力江別火力発電所の専用線で活躍していたスイッチャーを紹介します。

車両のデータ

・車番  2号機(表記は2)
・製造年 1962(昭和37)年
・製造所 日立製作所
・製番  12554
・自重  25トン
・所有者 北海道江別市(現役最後は北海道電力)     
・経歴  [納入1962年]江別(北海道電力)
     [転属1991年]江別市 ※専用線廃止後保存に際しての転属。
・備考  兄の同型1号機とともに納入から廃車まで江別発電所の専用線で活躍
     した機関車。約2kmの専用線を石炭車を牽引して往復していた。
     1991(平成3)年に発電所が老朽化により廃止となると機関車も
     お役御免となり、この2号機は江別市に譲渡され専用線跡を整備した
     遊歩道である四季の道に保存された。兄の1号機は解体。
     現存する数少ない日立の3軸ロッド式機として貴重な存在であるが
     状態はあまり良くなく窓ガラスやライトレンズは全て失われている。    

H26 9/23 江別市四季の道にて。
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今回紹介するのはタキ43000形のタキ43339です。

撮影日時点でのデータ

・区分番台 43100番台
・所有社    日本石油輸送株式会社
・常備駅    浜五井駅
・検査       H23 6/20~H28 6/20
・撮影日    H27 10/31 倉賀野駅貨物基地にて。
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今回紹介するのはタキ43000形のタキ43332です。

撮影日時点でのデータ

・区分番台 43100番台
・所有社    日本オイルターミナル株式会社
・常備駅    倉賀野駅
・検査       H23 9/16~H28 9/16
・撮影日    H25 3/20 宇都宮貨物ターミナル駅にて。
タキ43332

今回紹介するのはタキ43000形のタキ43330です。

撮影日時点でのデータ

・区分番台 43100番台
・所有社    日本石油輸送株式会社
・常備駅    浜五井駅
・検査       H22 6/21~H27 12/14
・撮影日    H26 9/15 倉賀野駅貨物基地にて。
タキ43330


今回は滋賀県某所にて倉庫利用されているワム80000形のワム186841を紹介します。

車両のデータ 

・区分番台 2次量産車
・製造年  1969(昭和44)年
・製造所  三菱重工業
・検査   不明         
・状態   錆が目立つ。車番以外の表記は失われている。
・撮影日  H26 8/15 滋賀県某所にて。
ワム186841

今回は、某所にて据置タンクとして使用されているタム500形6両を紹介します。本来であれば一両ごとに記事にしたいのですが各車情報量が少なすぎるのでまとめさせて頂きます。

①タム593 
確認出来た車番の中では最も若番であるが製造は1961(昭和36)年とタム500の中では最も新し世代にあたる。これは元々欠番だった番号を補填する形で車番が付与されたからである。専用種別は揮発油で所有社は日本陸運産業と解読できた。
タム593
②タム2954
日本石油所有で専用種別は揮発油。
タム2954
③タム2X83
こちらは2文字目が消えてしまい正確な車番は不明。2783、2883、2983の何れかであると思われる。
文字の削れ跡が7のように見えるので2783の可能性が高いが断言は出来ない。揮発油専用で所有社は不明。
タム2X83
⑤タム297X
こちらも一文字消えて正確な車番は不明であるが2970番台の一両であると思われる。その他の表記は全て消えてしまっている。
タム297X
②タム10509
車番解読に苦労した一両。当初はタム2509と紹介していたが2509は22509に改番されて北海道封じ込めになっているという情報を頂き、再調査した結果タム10509であることが判明した。こちらも揮発油専用で所有社は不明。
タム3509
⑥車番不明車
表記は全て失われており詳細不明。タム500であるのは間違いないと思われる。それより気になるのは後ろに写る形態の異なるドーム。後列にも6個のタンク体があるがこの中にはタム500の他タム4000、タサ1700等が混じっているとのことである。
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解説を頂きました原口様ありがとうございました。

かつて銅産出量全国一位を誇った足尾銅山。その坑道の総延長は約1200kmにも及んだと言います。そして坑道やその周囲には鉱石運搬用の軌道が縦横無尽に張り巡らされており多種多様なマイニングロコ達が活躍していました。今回はそんな足尾銅山で活躍した機関車の中で足尾銅山観光にて保存された4両を紹介します。

①No.47(足尾15型) 1893年頃?古河鉱業足尾銅山工作課製2.27トン機 軌間475mm
足尾銅山の工作課が初めて自社製架空線式電気機関車を製造したのが1893(明治26)年である。このNo47はその時期に製造されたうちの一両で、足尾では現存最古の電気機関車である。形式は足尾15型で他にも足尾10型や16型などの写真も残されている。以前は他の車両とともに屋外に展示されていたが現在は屋内展示され良好な状態を保っている。
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②A-1(足尾A型)製造年製造所不明5トン機(1953(昭和28)年足尾製作所改造)軌間475mm
主要坑道で使用されていた架空線式電気機関車。1トン鉱車を25両牽引していたという。足尾A型という形式で同型のものが多く在籍していた。銅山観光内で放映されているビデオには坑道内で活躍するA-7の写真が登場する。このA-1の案内板には足尾製作所小山工場製造となっているが銘板を見ると製造ではなく昭和28年改造となっているため元々の製造所と製造年は不明である。 
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ビデオに登場する同型のA-7
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③No.7 1966(昭和41)年日本輸送機製2トン機 軌間475mm
多くが在籍した日本輸送機製の2トン蓄電池機関車。鉱山ではありきたりなタイプだが足尾特有のバッファを装備するなど個性的な部分もある。銘板は残っているが塗装が厚く読み取り不可。
足尾銅山BLNo07
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④無番 1966(昭和41)年日本輸送機製3トン機(製番3634001)?軌間475mm
日本輸送機製の珍しい3トン蓄電池機関車。こちらもごついバッファが特徴的である。製番3634001は製造台帳上は古河鉱業久根鉱業所に納入されたことになっているが軌間475mmの3トン機はこの機の他に納入の記録が無いため何らかの理由で足尾に流れてきたものと予想した。

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輝かしき鉄道の記録をご覧いただきありがとうございます。この度当ブログのTwitterを開設しましたので興味のある方は気軽にフォローよろしくお願いします。Twitterでは貨車、専用線、ナローゲージなどのネタを中心に呟いていこうと思っております。


今回は、JR鶴見線扇町駅に接続する三井埠頭専用線で活躍するスイッチャーD351を紹介します。

車両のデータ

・車番  D351
・製造年 1968(昭和43)年
・製造所 日本車両
・製番  2631
・重量  35トン
・所有社 三井埠頭株式会社   
・経歴  [納入1968年]敦賀港(敦賀海陸運輸)
     [転属1998年]多気(ダイヘン) 
     [転属2016年]伏木(北陸ロジスティクス※整備保管)
     [転属2018年]扇町(三井埠頭)
・備考  多気のダイヘン専用線での活躍が有名な機関車。2016(平成28)年
     3月にダイヘン専用線が廃止されると早々に伏木に向け搬出され、
     北陸ロジスティクスの手により整備の上保管されていた。その後、
     2018(平成30)年3月に新天地である扇町の三井埠頭専用線に搬入
     された。初任地の敦賀港時代から長らくオレンジ色の塗装を纏って
     いたが2013(平成25)年にブルー塗装へと変更されている。
H29 1/12 伏木ヤードにて。
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今回紹介するのはホキ1000形のホキ1000-9です。

撮影日時点でのデータ

・製造年 1990(平成2)年 
・製造所 日本車両
・所有社 太平洋セメント株式会社 
・常備駅 東藤原駅
・検査  H27 8/10~H32 8/10
・撮影日 H28 2/27 東藤原駅にて。
ホキ1000-09

 

今回紹介するのはホキ1000形のホキ1000-8です。

撮影日時点でのデータ

・製造年 1990(平成2)年 
・製造所 日本車両
・所有社 太平洋セメント株式会社 
・常備駅 東藤原駅
・検査  H27 28/3~H32 8/3
・撮影日 H28 2/27 東藤原駅にて。 
ホキ1000-08

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